Masukエデン王国。
その王宮の玉座がある広間の奥にある執務室のデスクで、カシューはフレンドリストを開いていた。そしてそこに表示された<カリナ>の文字が白く光っている。これはその者がログインしているという証拠である。
ステータス機能などのゲームの機能の大半が消失してしまったが、PCなら誰もが左手首に装着している<冒険者の腕輪>に設置されている赤いボタンを押せば、今でもフレンドリストや現在位置を示すマップ、所属しているギルドなどの情報を確認することができた。だが、インしたばかりで混乱の最中にあるカリナはそのことを失念している。
「あはは、まさかカーズではなくてカリナのキャラで戻って来るとはね。こいつは揶揄い甲斐がありそうだ。早く僕の元に来てくれないかなー」
騎士団の諜報部からの報告から、南の平原でゴブリンの群れと共に悪魔が出現し、それをたった一人で退けた召喚魔法を操る魔法剣士が現れたことは既に耳に入っている。
まさかと思い確認したらそれが友人であり、現在は行方不明扱いになっている、この国の騎士団長カーズのサブキャラ、カリナであったということだ。そして今は王国騎士団と共に此方に向かっているという。
VAOが突然
自由気ままにプレーしていたカリナには特に役職を与えている訳ではないが、所属はこのエデン王国になっている。PCはゲーム開始時点では、初期の5か国のどこかに所属することに決められている。その後は他のPCが創設した国家に所属するか、自ら国家を樹立するなど、選択肢は分かれる。
問題があるとすれば、PCはどこかの国家に所属していないと様々な恩恵が受けられないということだろう。買い物をするにしても高くつくし、国家からクエストの報酬を受け取れなくなる、戦争PvPに参加できない、等々である。そのため、カリナも建前上はエデン王国所属である。
夕日が眩しくなり始めた執務室の窓の外を眺めながら、カシューはカリナの到着を心底待ち遠しく思った。
◆◆◆ 騎士団の騎馬隊の後ろをユニコーンに跨って揺られ続けること数刻、一行はエデン王国の王都に到着した。夕刻にもかかわらず、国内は帰還した騎士団を迎え、一目その勇士を見ようと多くの人々で賑わっていた。その中でもユニコーンに乗った赤髪の美少女に群衆の注目は特に集中していたのだが、カリナは「なんかやたらと見られてるなあ、騎士団が珍しいのか?」と、盛大に勘違いをかましていた。中世世界がコンセプトのVRMMOであったが、エデンの街並みはまるで近代都市の様に発展していた。これが知らない間に過ぎ去った100年の歴史を表しているのかと思うと、カリナは何だか感慨深いものを感じた。
「カシューはこの国をここまで発展させたのか……。並々ならぬ苦労があったんだろうな。いや、寧ろノリノリで発展させたのかもしれないけど」
王城前の大通りには通路の左右に出迎えのセレモニーでも催されているかの如く、近衛兵達が整列している。「何もここまで大仰なことをしなくても良いだろうに」と、カリナは内心げんなりしていたのだが。
騎士団が下馬したのに合わせてユニコーンから降りる。
「ご苦労だったな、よく考えればお前も100年間俺が放置したことになっているんだろうか? 何だか申し訳なかった。また宜しく頼むぞ」
そう言ってユニコーンの頭を一撫でし、召喚を解除すると同時にユニコーンは嘶き光の中に消えて行った。
副騎士団長の一声で、王城の巨大な門が開かれる。ここからは一般の騎士達は立ち入ることはできないのか、彼らは門の外からカリナとライアンを見送った。
「これから国王陛下に謁見する。その前にその俺口調はどうにかならないのか? 失礼に当たるかもしれないし、そんな絶世の美女には似合わないと思うのだが……」
ライアンが気になっていたことを言ってきた。やはりこの見た目で一人称「俺」は違和感しかないのだろう。だが、これは自分が男性であることの自認なのである。そう簡単に女性の口調を真似できるはずがないし、何よりそんな行動をする自分自身が気持ち悪い。
「いやー、今更そんなこと言われてもなぁ……。今までもずっとこの調子だったし、女言葉を使うのは何か気持ち悪い……」
「いやいや、女言葉って、カリナ嬢ちゃんは女だろ? 何で気持ち悪いんだよ」
ライアンの目には今の少女の姿しか映っていないのだから、カリナの内面の葛藤など当然知る由もない。装備もあまり露出がない物を身に付けている。性能の関係で膝下丈の太腿までのスリットが入ったスカートは履いているが、これもかなり悩んだ上で妥協して身に付けているものだ。
「えー、気持ち悪いものは気持ち悪いじゃん。まあ王様の前では上手くやるから」
フォーマルな場で一人称を「私」に変えて丁寧語で喋ることくらいは問題ない。だが普段までそうしてしまうと、自分という自我が歪んでしまいそうで怖くなる。今はただでさえ外見が完全に女性なのだから、口調まで変えてしまうと内心の男性が悲鳴を上げる。
「そうか、まあとりあえず無礼のないように頼むぞ」
ゲーム内では100年経っているとしても、ただの友人に会うだけに過ぎないのにそんなに畏まってたまるかという思いが和士にはあった。実際今の姿が女性キャラのカリナであったとしてもである。
玉座の間の扉が開かれる。左右に国の恐らく重臣達が控えている中を進む。玉座は段差が高い所に設置されているのだが、その手前までで立ち止まる。ライアンは赤い絨毯が敷かれた黒いラインの手前で跪いた。カリナはその少し後ろで立ち止まった。
「王国騎士団、只今魔物の討伐より帰還致しました。この度は伯爵位の悪魔がゴブリンを率いており、苦戦は覚悟しておりましたが、そこに居合わせたこのカリナという召喚術を操る少女のお陰で掃討に成功致しました」
「ほう」とまるで少年の様な声が玉座から返って来た。100年も経っていると聞いていたが、カシューの声はこれまで共に冒険をしてきたそのときのままだった。下から見上げるその姿も、国王と言うよりあの頃のままの青年の姿だった。
「なるほど、カリナと言ったか? 報告によるとかなり高位の召喚術に剣技、体術までこなすと聞いた。我が国は今非常に人材に困っている。そこで行方不明の騎士団長カーズの穴を埋めるためにも是非力を貸して欲しい。構わないか?」
なるほど、ちゃんと国王様を皆の前では演じているということかと理解したカリナは、どうせこの後素に戻って雑談ができるだろうとすぐに理解した。ならば断るのは野暮というものである。
「なるほど私の力程度が必要なら幾らでもお貸し致しましょう、カシュー王よ」
と、その場でスカートの両端を摘まんでカーテシーをした。その時お互いの目が合ったので、両者は同時にウインクをしてアイコンタクトをした。
間違いない。長い時間が過ぎている様だが互いの友情は薄れてはいないらしい。
「カリナにはカーズに与えた宮殿内の居住区を使ってもらう。何か問題がある者はいるか?」
かつて使っていた側仕え付きの豪華な居住区の自室まで使わせてくれるのか。このキャラでは基本根なし草だったので寛げる場所があるのはありがたい。カリナはカシューの心遣いに感謝した。
「異議ありです、陛下! こんなどこの馬の骨ともわからぬ小娘に、行方不明とはいえカーズ騎士団長の部屋を使わせるなど正気ですか?!」
カシューの両脇に控えていた右手側の人物、近衛騎士団長のクラウスが声を上げた。至極当然の反応である。「そりゃそうなるよね……」とカリナも内心そう思った。「確かにそこまでの待遇は……、王国副騎士団長の私としても納得がいきません」
ライアンも顔を上げて意見を述べた。玉座の間がざわつき出す。さてさて、カシューのお手並み拝見といこうかとカリナは内心ニヤニヤした。
「ほう、お前達は私の決定に異を唱えるというのか?」
青年王はその見た目に似合わない威厳ある口調で言い放った。異論を述べた二人がその圧力に気圧される。
「まあまあ、陛下にも何かお考えがあるのでしょう。それを拝聴してからでも良いでしょう。ですよね、陛下?」
カシューの左側に佇んでいた執政官風の衣装を纏ったエルフのアステリオンがにこやかに口を挟んだ。
「むぅ、それは……」
「確かに……、勿論陛下には何かしらのお考えがあるのであろう」
クラウスもライアンもそれ以上反論せずにカシューの言葉を待つ。
「ふっ、いやなに、カーズには歳の離れた妹がいるのだ。私もかつて一度だけ出会ったことがある。そして召喚士を目指しており、剣技は兄に勝るとも劣らない資質を秘めているという、カリナという妹がな。そうだろう、カリナよ?」
そう来たか! 全く悪知恵が働くスピードはあの頃のままである。ならばこちらも全力で乗るしかないとカリナは即座に切り替えた。
「左様でございます。当時はお世話になりました陛下。覚えておいて頂き感激です。あれから研鑚を積み、召喚術も剣技も磨きをかけて参りました」
「な、なんと……! カーズ隊長に妹君がおられたのか!?」
「何だ、そういうことだったのか。カリナ嬢ちゃんも最初に言ってくれれば……」
あっさりと騙されるクラウスとライアン。カーズがカシューと共にエデンを建国したのは100年前ということになるというのに、そんなに簡単に信じるとは。この国は大丈夫なのかとカリナは思った。
「まあ何にせよだ。カリナよ近くでその顔を久しぶりに見せてくれまいか?」
「はい、陛下」
そのまま玉座への階段を昇ろうとしたとき、クラウスが抜刀し、剣先をカリナの方へと向けて来た。
「待て、いくら何でもいきなり陛下に近づける訳にはいかぬ。私はまだ完全に信用したわけではない!」
「その陛下に来いって言われたんだけど。邪魔しないでくれるかな」
剣先を右手の親指と人差し指でちょんと摘む。クラウスは少女が軽く摘まんだだけでその剣を微動だにできなくなった。そのまま階段を昇り、カシューの目前に立つ。クラウスは指先だけで引き摺られ、無様な姿を晒すことになった。城内に笑い声が響き渡る。
「なっ?! 馬鹿な! 何という力なのだ!」
剣を握ったままのクラウスにカシューが声をかける。
「クラウスよ、お前は私がそこまで信用できないというのか? これ以上私を不愉快にさせるな」
「ぐっ……、申し訳ありませぬ」
クラウスが剣から手を放したので、カリナも摘んでいた剣を解放すると、その剣はクラウスの目の前に転がった。
「ふむ、やはり成長したな。見た目はそこまで変化していないが、美しくなったものだ」
「陛下もお変わりないようで安心しました」
軽口のロールプレイを済ませると、お互いにニヤニヤと笑う。
「積もる話もあるので、後で私の執務室に一人で来るといい。魔物と戦ったばかりで汚れてもいよう。アステリオン、部屋まで案内してやれ。着替えもメイド達に用意させよう。ではまた後程語らうことができるのを楽しみにしているぞ、カリナよ」
「ハッ、お任せ下さい」
アステリオンが仰々しく跪いて返事をする。
「わかりました、では後程お伺いさせて頂きます」
カリナもそう言って一礼し、アステリオンに連れられて元カーズ(メインキャラ)が使っていた部屋へと案内されることとなった。
アリアの部屋を辞したカリナは、重い足取りでカグラと隊員が待つ貴賓室へと戻ってきた。 扉を開けると、そこには既に豪勢な昼食がテーブルいっぱいに並べられていた。アレキサンド名物の肉料理や、彩り豊かな野菜のテリーヌ、そして数種類の果物。カグラは優雅にフォークを動かし、隊員は口の周りをソースで汚しながら夢中で肉にかぶりついている。「おかえりなさい、カリナちゃん。どうだった?」 カグラがグラスを置き、振り返る。その茶色のミディアムヘアがふわりと揺れ、穏やかな表情の中に鋭い知性が光っていた。「こちらは一応、資料から禁忌の術などの解析が終わったわ。恐ろしい術式ばかりだったけれど……今後はこれが悪用されないように、対策を練らないとね」「ああ、お疲れ様。……悪い、私も少し食べるよ」 カリナは空いている席に座り、まだ温かいローストビーフを皿に取り分けた。一口食べ、その旨味に少しだけ心が安らぐのを感じながら、カリナは静かに口を開いた。「彼女は……間違いなく『女神』だ。この世の理の常識を遥かに超える存在だ」 その言葉に、カグラの手が止まる。「何か分かったの?」「ああ。彼女が探している人物は、私である可能性が高い。だが、この世界ではアバターという仮初めの姿が邪魔をして、魂にある目印がはっきり見えなくて、そこまで確証が持てないらしい」 カリナはナイフを握る手に力を込める。「それに……この世界から次元を斬り裂いて脱出することなど簡単だ、とも言っていた。私達が必死に生きているこの世界の理屈など、彼女にとっては取るに足らないことなんだろうな」「次元を斬り裂く……? まるでSF映画ね」「笑えない話だがな。……それと、彼女はその人探しの合間の暇潰しに、このVAOをプレイしていたPCの一人でもあるそうだ」 カリナが告げると、カグラは目を丸くし、やがてクスクスと笑い出した。「ふふっ、あはは! 神様がネトゲをするなんて、ずいぶんと俗っぽいのね。親近感が湧くような、畏れ多いような……」「全くだな。だが、その力は本物だった」 カリナは表情を引き締める。ここからが、アリアから聞いた最も重要な情報だ。この世界が虚構であり、悪魔以上のとんでもない存在が創った実験場であること。それをカグラに伝えようと、口を開きかけた瞬間――。「――っ……ぐぅっ……!」 ドクン
「いらっしゃい、カリナさん。まあ、立ったままではなんですし、掛けたらどうですか?」 アリアは優雅な仕草で、向かいの席を手で示した。テーブルの上には、既に湯気を立てる二つのティーカップ。最高級の茶葉の香りが、部屋の中に満ちている。まるで、カリナがこのタイミングで訪ねてくることを、最初から知っていたかのような準備の良さだった。 カリナは一瞬躊躇したが、意を決して椅子を引き、アリアと対面する形で腰を下ろした。「いただきます」 勧められるままに紅茶を一口含む。渋みがなく、花のような芳醇な香りが鼻腔を抜ける。それは、毒など入っていない、純粋なもてなしの一杯だった。カップをソーサーに戻し、カリナはその碧眼を細めて、目の前の美女――自分と瓜二つの髪色を持つ、違いはカリナの毛先が金髪くらいの、謎の存在を見据えた。「……単刀直入に聞く。あなたは一体、何者なんだ? なぜ私のことを知っている? そして……先ほど言っていた『女神』というのは、本当なのか?」 矢継ぎ早に繰り出された質問に、アリアはカップを口元で傾け、ふふっと楽しげに笑った。「せっかちですねぇ。でも、答えは先ほど言った通りですよ。――女神です」 またしても、はぐらかすような返答。だが、その言葉には嘘の匂いがしない。それどころか、彼女が纏う空気そのものが、人知を超えた何かであることを雄弁に物語っていた。 カリナは深呼吸をし、ずっと胸の内に秘めていた「確信」をぶつけることにした。「……私は以前、ある場所で『真実』の一端に触れた」「ほう?」「『死者の迷宮』の最深部……そこにあった祭壇の鏡だ。私はそこで、現実世界で死に別れたはずの幼馴染――『彩』と再会した」 カリナの脳裏に、あの時の情景が蘇る。鏡の向こうで微笑んでいた、懐かしくも切ない少女の姿。「彼女の髪は、生前のような赤茶色ではなく、透き通るような銀髪に変わっていた。そして彼女は言ったんだ。『女神様に、別の世界に転生させてもらった』と」 アリアの手が、わずかに止まる。「さらに彼女はこうも言っていた。『その女神様が、今、あなたのことを探している』と。……今の私がいるこの世界では因果が正しく回っていないため、私がトラブルに巻き込まれやすくなっているとも教えてくれた」 カリナは畳み掛けるように言葉を続ける。「それだけじゃない。先日、私の
謁見の間には、レオン王の宣言が重々しく響き渡っていた。 一週間後に開催される剣術大会。それは、人類の脅威に対抗するための精鋭を選抜する重要な儀式でもある。しかし、カリナには一つ、どうしても確認しておかなければならない懸念があった。「陛下。剣術大会ということは……まさかとは思いますが、真剣を使う訳ではないのですよね?」 冒険者ギルドの訓練や一般的な模擬戦では、刃引きをした剣や木剣を使うのが通例だ。Aランクの実力者同士が真剣でぶつかり合えば、手加減をしたとしても事故は避けられない。だが、レオン王は鷲のような鋭い瞳でカリナを見据え、短く答えた。「いや、真剣での立ち合いになる」「なっ……真剣、ですか?」 カリナが眉をひそめると、隣に控えていたカグラも扇子で口元を覆い、懸念を示した。「陛下。いくら腕に覚えのある者同士とはいえ、真剣勝負となれば、下手をしたら死傷者が出る恐れがございますわ。未来の戦力を選抜する場で、有望な若者が命を落としては本末転倒では?」「うむ、そなたらの言い分はもっともだ。だが、案ずることはない。それについては、ここにいるアリア殿が、特別な『魔道具』を準備してくれているのだよ」 王の言葉を受け、アリアが一歩前に進み出た。彼女が何もない空中に手をかざすと、誰も見たことがない未知の魔法陣が展開され、そこに闘技場の様子を模した鮮明な立体映像が投影された。「ご心配には及びませんよ。私が開発した、この『身代わりの水晶』があれば、誰も死ぬことはありません」「身代わりの水晶……? ずいぶんと大きいな」 カリナが驚くのも無理はない。投影された映像では、闘技場の舞台の両端に、優に人ひとり分の大きさがある巨大な水晶が設置されていたからだ。「はい。大会には大観衆が押し寄せますから、遠くの客席からでも状態が視認できるよう、このサイズに設計しました」 アリアはカリナ達に向き直り、落ち着いた丁寧な口調で説明を始めた。「これは対象の魔力と生命力をリンクさせる特殊な魔道具なんです。勝負の前に、この水晶に自分の魔力を流して記憶させておけば、戦闘で受けたダメージは全てこの水晶が肩代わりしてくれますよ」 アリアはニッコリと微笑み、続ける。「例えば、腕を斬られたとしましょう。その瞬間、痛みと衝撃は走りますが、肉体には傷一つつきません。代わりに、舞台の端に設
アレキサンドの朝は、澄み切った青空と共に始まった。 石畳を踏みしめる音を響かせながら、カリナ達一行は街の北端に位置する小高い丘を目指す。そこに鎮座するのは、この国の象徴である巨大な王城だ。 近づくにつれ、その威容が露わになる。 エデンの城が近代的な白亜の優美さを誇るなら、この城はまさに「鉄壁」。切り出された巨大な灰色の岩石を積み上げて作られた城壁は、無骨ながらも圧倒的な重厚感を放っている。 城壁には、エデンの「黄金の獅子」とは異なる、この国の国章――『交差する二振りの剣と鉄壁の盾』を描いた旗が翻っている。装飾は最小限に抑えられ、実用性を重視した矢狭間が並ぶ様は、ここが武を尊ぶ騎士の国であることを無言のうちに物語っていた。「へぇ、近くで見ると迫力が違うわね。飾り気はないけれど、そこがいいわ」 カグラが城壁を見上げ、感心したように扇子を揺らす。やがて、巨大な鉄格子の城門の前に到着した。「止まれ! 何用か!」 屈強な鎧に身を包んだ門番達が、鋭い眼光と共に槍を交差させる。カリナは一歩前に出ると、懐から先日カシューに託された招待状と、自身のAランク冒険者カードを取り出した。「エデン国王カシュー陛下の使いで参りました、冒険者のカリナです。レオン・アレキサンド国王陛下より、招きを受けております」 続いてカグラも、流れるような所作で自身のカードを提示する。「同じく、エデン筆頭相克術士のカグラよ。同行者として許可を頂いているわ」 門番は招待状の封蝋にある王家の紋章と、二人のカードを確認すると、即座に姿勢を正した。槍を引き、ガシャンと音を立てて踵を揃える。「はっ! 失礼致しました! カリナ様、カグラ様ですね。陛下よりお話は伺っております。どうぞ、中へ!」 重々しい音と共に城門が開かれる。 一歩足を踏み入れると、そこは静謐な空気に包まれていた。城内もまた、質実剛健な造りだった。磨き上げられた石の床、壁には歴代の戦いを描いたタペストリーや、交差した剣と盾の紋章が飾られている。 煌びやかなシャンデリアの代わりに、魔法石を埋め込んだ鉄製の燭台が通路を照らし、すれ違う騎士達は皆、規律正しく黙礼して通り過ぎていく。「エデンとはまた違った緊張感があるにゃ……。おいら、背筋が伸びるにゃ」 ケット・シー隊員が、シルクハットの位置を直
エデンを出発してから数時間。 ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。 そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だけど美しいわ」 カグラが扇子で口元を隠しながら感心する。「到着にゃ! お腹空いたにゃー!」 ケット・シー隊員が身を乗り出す中、カリナはガルーダに指示を出し、城下の南門前にある広場へと降下を開始した。 ズズーンッ……! 巨大な黄金の鳥が舞い降り、風圧と共に着地すると、南門を守っていた衛兵達が槍を構えて大騒ぎになった。「な、なんだあの怪鳥は!? 敵襲か!?」「ま、待て! 背中に人が乗っているぞ!」 騒然とする衛兵達の前に、ガルーダが翼を収め、カリナ達が降り立つ。カリナはガルーダを送還すると、警戒する衛兵達の前へと歩み出た。「怪しいものじゃない。私は冒険者のカリナ。エデンのカシュー国王の使いで、レオン・アレキサンド国王陛下に招かれて来たんだ」「ぼ、冒険者だと……? だが、今の巨大な鳥は……」 衛兵隊長らしき男が困惑していると、カグラが優雅に歩み寄り、艶やかな笑みを浮かべた。「あらあら、驚かせてごめんなさいね。この子は私の妹分で、凄腕の召喚術士なのよ。ほら、これが身分証よ」 カグラに促され、カリナは懐から冒険者の組合カードを提示した。そしてカグラもまた、自身のカードを取り出して提示する。カリナのカードには、燦然と輝く『Aランク』の刻印と、『カリナ』の名が刻まれている。 隊長がカードを受け取り、その名前を確認した瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。「カ、カリナ……? まさか、あの『ザラーの街』を襲った悪魔と魔物の大軍を、たった一人で殲滅したという……あの英雄か!?」 その言葉に、周囲の衛兵達もざわめき立つ。ザラーの街の防衛戦は、アレキサンド国内でも今伝説として語
カシュー達との会談を終え、出発は明日ということが決まった。その場は解散となり、カリナはエデン王城の居住区にある自室へと戻ってきた。 近代的なセキュリティシステムが導入されているエデン王城。カリナは懐からカードキーを取り出し、リーダーにかざす。ピッ、という電子音と共にロックが解除され、重厚な扉が静かにスライドした。「おかえりなさいませ、カリナ様」 部屋に入ると、すぐに柔らかい声が出迎えてくれた。妖精族の側付、ルナフレアだ。彼女はいつものように慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、カリナの上着を受け取るために歩み寄ってくる。「ただいま、ルナフレア。すまないが、また少し忙しくなりそうだ」 カリナが申し訳なさそうに告げると、ルナフレアは小首を傾げた。「何かございましたか?」「ああ。明日からまた、旅に出ることになった。行き先は北の隣国、騎士国アレキサンドだ」 その言葉を聞いた瞬間、ルナフレアの表情が曇る。美しい翠眼に、心配の色が滲んだ。「明日、ですか……? カリナ様、つい昨日まであんなにお苦しみだったのですよ? 初潮が明けたばかりのお体で、またすぐに旅だなんて……」 彼女はカリナの手をそっと包み込む。その手は温かく、カリナの体調を何よりも案じていることが伝わってきた。この一週間、つきっきりで看病してくれた彼女だからこそ、その心配は深い。カリナは安心させるように、握られた手に自分のもう片方の手を重ねた。「心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だ。お前の献身的な看病のおかげで、体調は万全だよ。痛みも嘘みたいに引いたしな」 カリナは努めて明るく振る舞い、笑顔を見せる。「それに、今回は戦いがメインじゃない。騎士国アレキサンドの国王に会って、友好を深めるのが主な目的だ。あとは……まあ、ちょっとした剣術大会に参加するくらいだ。危険な任務じゃないし、用が済めばすぐに戻るよ。……それに、今回はカグラも一緒だ」「カグラ様も、ご一緒なのですか?」「ああ。彼女がついてきてくれる。だから何かあっても大丈夫だ」 カグラの名前が出た途端、ルナフレアの表情がふっと緩んだ。「そうですか……。カグラ様がご一緒なら、安心ですね。あの方の実力は私もよく存じておりますし、何よりカリナ様をとても大切に思っていらっしゃいますから」 ルナフレアは安堵の息を漏らし、改めてカリナを見つめた。