Masukエデン王国。
その王宮の玉座がある広間の奥にある執務室のデスクで、カシューはフレンドリストを開いていた。そしてそこに表示された<カリナ>の文字が白く光っている。これはその者がログインしているという証拠である。
ステータス機能などのゲームの機能の大半が消失してしまったが、PCなら誰もが左手首に装着している<冒険者の腕輪>に設置されている赤いボタンを押せば、今でもフレンドリストや現在位置を示すマップ、所属しているギルドなどの情報を確認することができた。だが、インしたばかりで混乱の最中にあるカリナはそのことを失念している。
「あはは、まさかカーズではなくてカリナのキャラで戻って来るとはね。こいつは揶揄い甲斐がありそうだ。早く僕の元に来てくれないかなー」
騎士団の諜報部からの報告から、南の平原でゴブリンの群れと共に悪魔が出現し、それをたった一人で退けた召喚魔法を操る魔法剣士が現れたことは既に耳に入っている。
まさかと思い確認したらそれが友人であり、現在は行方不明扱いになっている、この国の騎士団長カーズのサブキャラ、カリナであったということだ。そして今は王国騎士団と共に此方に向かっているという。
VAOが突然
自由気ままにプレーしていたカリナには特に役職を与えている訳ではないが、所属はこのエデン王国になっている。PCはゲーム開始時点では、初期の5か国のどこかに所属することに決められている。その後は他のPCが創設した国家に所属するか、自ら国家を樹立するなど、選択肢は分かれる。
問題があるとすれば、PCはどこかの国家に所属していないと様々な恩恵が受けられないということだろう。買い物をするにしても高くつくし、国家からクエストの報酬を受け取れなくなる、戦争PvPに参加できない、等々である。そのため、カリナも建前上はエデン王国所属である。
夕日が眩しくなり始めた執務室の窓の外を眺めながら、カシューはカリナの到着を心底待ち遠しく思った。
◆◆◆ 騎士団の騎馬隊の後ろをユニコーンに跨って揺られ続けること数刻、一行はエデン王国の王都に到着した。夕刻にもかかわらず、国内は帰還した騎士団を迎え、一目その勇士を見ようと多くの人々で賑わっていた。その中でもユニコーンに乗った赤髪の美少女に群衆の注目は特に集中していたのだが、カリナは「なんかやたらと見られてるなあ、騎士団が珍しいのか?」と、盛大に勘違いをかましていた。中世世界がコンセプトのVRMMOであったが、エデンの街並みはまるで近代都市の様に発展していた。これが知らない間に過ぎ去った100年の歴史を表しているのかと思うと、カリナは何だか感慨深いものを感じた。
「カシューはこの国をここまで発展させたのか……。並々ならぬ苦労があったんだろうな。いや、寧ろノリノリで発展させたのかもしれないけど」
王城前の大通りには通路の左右に出迎えのセレモニーでも催されているかの如く、近衛兵達が整列している。「何もここまで大仰なことをしなくても良いだろうに」と、カリナは内心げんなりしていたのだが。
騎士団が下馬したのに合わせてユニコーンから降りる。
「ご苦労だったな、よく考えればお前も100年間俺が放置したことになっているんだろうか? 何だか申し訳なかった。また宜しく頼むぞ」
そう言ってユニコーンの頭を一撫でし、召喚を解除すると同時にユニコーンは嘶き光の中に消えて行った。
副騎士団長の一声で、王城の巨大な門が開かれる。ここからは一般の騎士達は立ち入ることはできないのか、彼らは門の外からカリナとライアンを見送った。
「これから国王陛下に謁見する。その前にその俺口調はどうにかならないのか? 失礼に当たるかもしれないし、そんな絶世の美女には似合わないと思うのだが……」
ライアンが気になっていたことを言ってきた。やはりこの見た目で一人称「俺」は違和感しかないのだろう。だが、これは自分が男性であることの自認なのである。そう簡単に女性の口調を真似できるはずがないし、何よりそんな行動をする自分自身が気持ち悪い。
「いやー、今更そんなこと言われてもなぁ……。今までもずっとこの調子だったし、女言葉を使うのは何か気持ち悪い……」
「いやいや、女言葉って、カリナ嬢ちゃんは女だろ? 何で気持ち悪いんだよ」
ライアンの目には今の少女の姿しか映っていないのだから、カリナの内面の葛藤など当然知る由もない。装備もあまり露出がない物を身に付けている。性能の関係で膝下丈の太腿までのスリットが入ったスカートは履いているが、これもかなり悩んだ上で妥協して身に付けているものだ。
「えー、気持ち悪いものは気持ち悪いじゃん。まあ王様の前では上手くやるから」
フォーマルな場で一人称を「私」に変えて丁寧語で喋ることくらいは問題ない。だが普段までそうしてしまうと、自分という自我が歪んでしまいそうで怖くなる。今はただでさえ外見が完全に女性なのだから、口調まで変えてしまうと内心の男性が悲鳴を上げる。
「そうか、まあとりあえず無礼のないように頼むぞ」
ゲーム内では100年経っているとしても、ただの友人に会うだけに過ぎないのにそんなに畏まってたまるかという思いが和士にはあった。実際今の姿が女性キャラのカリナであったとしてもである。
玉座の間の扉が開かれる。左右に国の恐らく重臣達が控えている中を進む。玉座は段差が高い所に設置されているのだが、その手前までで立ち止まる。ライアンは赤い絨毯が敷かれた黒いラインの手前で跪いた。カリナはその少し後ろで立ち止まった。
「王国騎士団、只今魔物の討伐より帰還致しました。この度は伯爵位の悪魔がゴブリンを率いており、苦戦は覚悟しておりましたが、そこに居合わせたこのカリナという召喚術を操る少女のお陰で掃討に成功致しました」
「ほう」とまるで少年の様な声が玉座から返って来た。100年も経っていると聞いていたが、カシューの声はこれまで共に冒険をしてきたそのときのままだった。下から見上げるその姿も、国王と言うよりあの頃のままの青年の姿だった。
「なるほど、カリナと言ったか? 報告によるとかなり高位の召喚術に剣技、体術までこなすと聞いた。我が国は今非常に人材に困っている。そこで行方不明の騎士団長カーズの穴を埋めるためにも是非力を貸して欲しい。構わないか?」
なるほど、ちゃんと国王様を皆の前では演じているということかと理解したカリナは、どうせこの後素に戻って雑談ができるだろうとすぐに理解した。ならば断るのは野暮というものである。
「なるほど私の力程度が必要なら幾らでもお貸し致しましょう、カシュー王よ」
と、その場でスカートの両端を摘まんでカーテシーをした。その時お互いの目が合ったので、両者は同時にウインクをしてアイコンタクトをした。
間違いない。長い時間が過ぎている様だが互いの友情は薄れてはいないらしい。
「カリナにはカーズに与えた宮殿内の居住区を使ってもらう。何か問題がある者はいるか?」
かつて使っていた側仕え付きの豪華な居住区の自室まで使わせてくれるのか。このキャラでは基本根なし草だったので寛げる場所があるのはありがたい。カリナはカシューの心遣いに感謝した。
「異議ありです、陛下! こんなどこの馬の骨ともわからぬ小娘に、行方不明とはいえカーズ騎士団長の部屋を使わせるなど正気ですか?!」
カシューの両脇に控えていた右手側の人物、近衛騎士団長のクラウスが声を上げた。至極当然の反応である。「そりゃそうなるよね……」とカリナも内心そう思った。「確かにそこまでの待遇は……、王国副騎士団長の私としても納得がいきません」
ライアンも顔を上げて意見を述べた。玉座の間がざわつき出す。さてさて、カシューのお手並み拝見といこうかとカリナは内心ニヤニヤした。
「ほう、お前達は私の決定に異を唱えるというのか?」
青年王はその見た目に似合わない威厳ある口調で言い放った。異論を述べた二人がその圧力に気圧される。
「まあまあ、陛下にも何かお考えがあるのでしょう。それを拝聴してからでも良いでしょう。ですよね、陛下?」
カシューの左側に佇んでいた執政官風の衣装を纏ったエルフのアステリオンがにこやかに口を挟んだ。
「むぅ、それは……」
「確かに……、勿論陛下には何かしらのお考えがあるのであろう」
クラウスもライアンもそれ以上反論せずにカシューの言葉を待つ。
「ふっ、いやなに、カーズには歳の離れた妹がいるのだ。私もかつて一度だけ出会ったことがある。そして召喚士を目指しており、剣技は兄に勝るとも劣らない資質を秘めているという、カリナという妹がな。そうだろう、カリナよ?」
そう来たか! 全く悪知恵が働くスピードはあの頃のままである。ならばこちらも全力で乗るしかないとカリナは即座に切り替えた。
「左様でございます。当時はお世話になりました陛下。覚えておいて頂き感激です。あれから研鑚を積み、召喚術も剣技も磨きをかけて参りました」
「な、なんと……! カーズ隊長に妹君がおられたのか!?」
「何だ、そういうことだったのか。カリナ嬢ちゃんも最初に言ってくれれば……」
あっさりと騙されるクラウスとライアン。カーズがカシューと共にエデンを建国したのは100年前ということになるというのに、そんなに簡単に信じるとは。この国は大丈夫なのかとカリナは思った。
「まあ何にせよだ。カリナよ近くでその顔を久しぶりに見せてくれまいか?」
「はい、陛下」
そのまま玉座への階段を昇ろうとしたとき、クラウスが抜刀し、剣先をカリナの方へと向けて来た。
「待て、いくら何でもいきなり陛下に近づける訳にはいかぬ。私はまだ完全に信用したわけではない!」
「その陛下に来いって言われたんだけど。邪魔しないでくれるかな」
剣先を右手の親指と人差し指でちょんと摘む。クラウスは少女が軽く摘まんだだけでその剣を微動だにできなくなった。そのまま階段を昇り、カシューの目前に立つ。クラウスは指先だけで引き摺られ、無様な姿を晒すことになった。城内に笑い声が響き渡る。
「なっ?! 馬鹿な! 何という力なのだ!」
剣を握ったままのクラウスにカシューが声をかける。
「クラウスよ、お前は私がそこまで信用できないというのか? これ以上私を不愉快にさせるな」
「ぐっ……、申し訳ありませぬ」
クラウスが剣から手を放したので、カリナも摘んでいた剣を解放すると、その剣はクラウスの目の前に転がった。
「ふむ、やはり成長したな。見た目はそこまで変化していないが、美しくなったものだ」
「陛下もお変わりないようで安心しました」
軽口のロールプレイを済ませると、お互いにニヤニヤと笑う。
「積もる話もあるので、後で私の執務室に一人で来るといい。魔物と戦ったばかりで汚れてもいよう。アステリオン、部屋まで案内してやれ。着替えもメイド達に用意させよう。ではまた後程語らうことができるのを楽しみにしているぞ、カリナよ」
「ハッ、お任せ下さい」
アステリオンが仰々しく跪いて返事をする。
「わかりました、では後程お伺いさせて頂きます」
カリナもそう言って一礼し、アステリオンに連れられて元カーズ(メインキャラ)が使っていた部屋へと案内されることとなった。
一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」 「うるさい。行くぞ」 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。 ◆◆◆ ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。 『世界樹の森』。 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。「でかいな……。遠近感がお
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」 総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」 血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」 まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。 一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」 指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」「あ、ああ……機会があればな」 熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」「戦乙女に栄光あれ!!」 数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。 太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り
ヒースの部屋を出てロビーに戻ると、そこは殺気立った空気に包まれていた。 負傷している者、装備を点検して飛び出していく者。怒号と悲鳴が飛び交う中、数人の冒険者が地図を囲んで深刻な顔で話し合っているのが耳に入った。「南西の防衛線が危ない! 急造の砦を築いて凌いでいるが、魔物の数が多すぎる!」 「正規軍の騎士団も限界だ。このままじゃザラーまで雪崩れ込んでくるぞ!」 彼らの会話を聞いたカリナは、迷わず彼らの元へと歩み寄った。「その南西の砦、私が加勢に行こう」 凛とした声に、冒険者達が振り返る。だが、彼らの目に映ったのは、フリルたっぷりの緑のドレスコートを着た、深窓の令嬢のような美少女と、二足歩行の猫だった。「はぁ? なんだお嬢ちゃん、迷子か?」 「悪いが今は遊んでる場合じゃねぇんだ。お人形さんごっこなら他所でやってくれ」 男達は呆れたように手を振って追い払おうとする。無理もない。この血生臭い状況に、カリナの姿はあまりにも不釣り合いだった。「遊びじゃない。私は冒険者だ。その砦に向かうと言っているんだ」 カリナが出口へ向かおうとすると、男達が慌てて立ちはだかった。「おい待て待て! 死にに行く気か!?」 「そこはピクニックに行く場所じゃねぇんだぞ! そんなフリフリの恰好で戦場に行ってみろ、魔物の餌になるだけだ!」 「悪いことは言わねぇ、家に帰ってママのミルクでも飲んでな!」「隊長は凄いのにゃ! お前達こそ控えおろうなのにゃ!」 彼らは本気で心配し、必死に止めようとしている。根は良い奴らなのだろう。だが、今は一刻を争う。カリナは懐からAランクのギルドカードを取り出し、彼らの目の前に提示した。「忠告は感謝する。だが、心配は無用だ。私はAランク冒険者のカリナ。組合長ヒースからも直々に討伐の許可を得ている」 黄金色に輝くカードを見た瞬間、男達の顔色が変わり、ロビー中がどよめいた。「え、Aランク……!? この歳でか!?」 「ま、待てよ、カリナって……あのルミナス聖光国を救ったっていう、エデンの凄腕召喚士か!?」 噂はここまで届いていたらしい。彼らの表情が、驚愕から縋るような希望へと変わる。「あんたがあの英雄なのか……?! 俺達じゃどうにもなんねぇ数なんだ! 頼む、仲間達を助けてやってくれ!」「ああ、任された。吉報を待っていてくれ」「任せておくにゃ」
エデンを飛び立ち、ペガサスに乗って北西へ。眼下には雄大な景色が広がる。高度が上がるにつれ風は冷たくなり始めていたが、ペガサスの発する魔力の加護と、ルナフレアから渡された厚手のコートのおかげで、空の旅は快適そのものだった。 やがて右手遠くに、堅牢な城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。無数の塔と城壁が幾重にも連なる、武骨ながらも美しい石造りの国。「あれが初期五大国の一つ、今の騎士国アレキサンドか……」 かつてゲーム時代、メインキャラであるカーズも、そしてこのサブキャラであるカリナも、冒険のスタート地点として選んだのがこの国だった。騎士や剣士など、物理防御と攻撃に特化した兵科を多く輩出する国。兄設定であるカーズがカシュー達とエデンを建国するずっと前、初心者時代に剣の腕を磨いた場所でもある。懐かしい景色に目を細めつつ、カリナはそこを通過し、さらに西へと進路を取った。 何度か地上に降りてペガサスを休ませ、隊員と軽食をとりながら進むうちに、太陽は西の地平線へと沈みかけ、空が紫と茜色のグラデーションに染まり始めた。「隊長、そろそろ日が暮れますにゃ。お腹も空いたにゃ」「そうだな。夜間の飛行は視界も悪いし、今日はこの辺りで宿をとろう」 カリナは眼下に見えてきた街の近くにペガサスを降ろした。労いの言葉と共に送還し、隊員を連れて徒歩で街の南門へと向かう。 見えてきたのは、高い石壁に囲まれた街。近づくにつれ、カリナは違和感を覚えた。記憶にあるここ「ザラーの街」は、ゲーム開始直後のプレイヤーが集まる、のどかで開放的な初心者用の街だったはずだ。 だが、目の前にあるのは、無数の傷跡が刻まれた分厚い城壁と、物々しいバリケード。100年という時は、平和だった始まりの街を、魔物の脅威に晒される最前線の拠点へと変貌させていたのだ。 石造りの門の前には、二人の兵士が立っていた。槍を持ち、アレキサンドの紋章が入った鎧を着ているが、その眼差しは鋭く、妙に殺気立っている。「止まれ。これより先はアレキサンド領ザラーの街だ。身分証の提示を」「ああ、冒険者だ」 カリナは首に掛けていたギルドカードを外し、兵士に手渡した。兵士は事務的な手つきでカードを受け取り、そこに刻まれたランクと名前を確認する。そして次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。「えっ……Aランク!? それに、名前はカリナ……
演習場での模擬戦は、カリナの圧倒的な勝利に終わった。リーサは完膚なきまでに叩きのめされたが、その表情は晴れやかだった。目の当たりにした召喚術の神髄に、彼女は心の底から感動していたのだ。 その後、一行は玉座の間へと移動した。カシュー王が玉座に腰を下ろし、エクリア、アステリオン、レミリア、そしてカリナとリーサがその前に並ぶ。騎士団の面々やルナフレアは、少し離れた場所で見守っていた。 カシュー王が威厳のある声で告げる。「これより、エルフの召喚士リーサを、エデン王国筆頭召喚術士カリナの代行として任命する」リーサは緊張した面持ちで、カシュー王の言葉に耳を傾ける。「リーサよ、カリナはエデンの特記戦力であり、その力は我が国の要である。しかし、彼女は多忙な身であり、常にこの地に留まることはできない。其方には、彼女の不在時にその力を代行し、エデンを守る重要な役割を担ってもらいたい」「ははっ、身に余る光栄にございます」 リーサは深く頭を下げ、カシュー王の言葉を承諾した。「カリナ、其方からも言葉をかけてやってくれ」 カシュー王に促され、カリナが前に出る。彼女はリーサを見つめ、静かに語りかけた。「リーサ、お前の実力は認める。だが、召喚術の道は険しい。決して慢心せず、精進を怠るなよ」「はい! 肝に銘じます、師匠!」「だから師匠はやめろと言っただろう」 カリナは苦笑しながらも、リーサの熱意を嬉しく思っていた。「リーサ、お前には期待している。エデンを、そして民を守るために、力を貸してくれ」「はい! この命に代えても、エデンをお守りします!」 リーサは力強く宣言し、カリナに忠誠を誓った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。 カシュー王は満足げに頷き、玉座から立ち上がった。「うむ。これにて任命式を終了する。皆の者、これからもエデンのために力を尽くしてくれ!」「はっ!」 玉座の間に、騎士達の力強い声が響き渡る。 こうして、エデンに新たな優秀な召喚士が加わった。リーサはカリナの代行として、そして一番弟子として、召喚術の道を歩み始めることとなる。 その後、カシュー王は皆を労い、祝宴が開かれることとなった。宴の席では、騎士達がカリナの武勇伝を語り合い、リーサも熱心に耳を傾けていた。 カリナはルナフレアにジュースのグラスを傾けながら、静かに呟いた。「これ
翌日の正午過ぎ。太陽が真上に昇り、演習場の砂埃を照らす頃、カリナはルナフレアを伴って騎士団演習場の門をくぐった。 門番の兵士達は、昨日カリナが見せた伝説級の精霊との戦いを目の当たりにしているため、最敬礼でカリナを出迎える。その瞳には畏敬の念が宿っていた。 演習場に入ると、円形の闘技場を見下ろす観覧席には、昨日の今日だというのに、またしても主要なメンバーが勢揃いしていた。 中央の貴賓席には、面白そうに身を乗り出すカシューと、その隣で扇子を片手に優雅に微笑む、完璧な美女の振りをしたエクリア。その後ろには、胃薬でも欲しそうな顔をしたアステリオンと、エクリアの代行であるレミリアが控えている。 騎士団席には、近衛騎士団長のクラウス、王国騎士団副団長のライアンをはじめとする騎士達。そして、戦車隊隊長のガレウスまでもが、「また凄いもんが見れるかもしれん」と最前列に陣取っていた。「やれやれ、暇人が多いなあ」 カリナが苦笑すると、隣を歩くルナフレアがくすりと笑った。「それだけカリナ様の力が注目されているということですよ。……では、私はあちらへ」 ルナフレアは演習場の端、関係者用の席へ向かう前に足を止め、カリナに向かって深々と頭を下げた。「カリナ様、あの世間知らずのエルフに、本物の召喚術というものをご教示なさって下さい。御武運を」「ああ、任せておけ。見ていてくれ」 ルナフレアの言葉に軽く手を振って応え、カリナは演習場の中央へと歩みを進める。そこには既に、対戦相手であるエルフの召喚士、リーサが待ち構えていた。 召喚士特有のローブを風になびかせ、手には身の丈ほどの樫の木の杖を握りしめている。その表情は硬いが、瞳には決して折れない強い意志と、カリナに対する侮りにも似た対抗心が燃えていた。「お待ちしておりました。逃げずに来たことだけは褒めて差し上げます」 リーサは杖の先をカリナに向け、挑発的な視線を送る。「陛下やアステリオン様が何を考えているのかは分かりませんが、召喚術とは長い修練と精霊との対話によってのみ成される神聖な儀式。あなたのような子供に務まるような軽いものではありません」 彼女の言葉に、観客席の騎士達がざわつく。「おいおい、死んだわあいつ……」「昨日のあれを見てないからって……」といった同情の声が漏れ聞こえてくるが、リーサの耳には届いて







